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「酒と薔薇の日々」という言葉がある。うーむ、そう聞くだけで、なにやら退廃とアンニュイ、白粉とア
ルコールの匂いが漂ってくるではないか。無論、恋もあるだろう。たとえば、小説家サガンの描くそれのよ
うに。
が、それにひきかえ我家の庭と来たら!退廃いわんやアンニュイのかけらもなく、たとえ100年経っても
恋は生まれそうにもない。だいたい、飲酒などしようものなら、あっという間に雑草の園と化す事間違いな
し!というすこぶるつきのハードボイルド&ワイルドガーデンなのである。
名付けて「虫と薔薇の日々」、これが我が家の庭の現実なのであ〜る。
今年は、暑さのせいもあり、いつもの年より格段に虫の姿が多い。もちろん愛すべき隣人である虫の皆さん
を、抹殺しようとは思わないが(いえ、正直に言うとチラッと脳裏を掠めはしたが(・・;)。)
バラの蕾を召し上がるのだけは、やめていただきたい(ドン!とテーブルを叩く)。そう、そこのカミキリ
虫くん、君のおかげでアルベルティーンがどういう花なのか、今年も知ることなくシーズンが終わろうとし
ているのだよ、ブツブツ…などと呟きながら、今日も、明日も、あさっても、私は、一日の大半を庭で過ご
してしまうのである。
だいたいなんで5月は30日しかないのだろう?せめて、100日くらいは欲しいものである。と、かのカ
レル・チャペック氏も似たような事をおっしゃっていたような…。
そんな或る日のこと、最大級の悲劇が起こった。舞台は家の庭、犯人はゾウムシだのカミキリムシだの、所
謂ノーミソの少なそうな連中である。そして被害者は…可憐な少女もといバラなのであった。ああ、これを
悲劇と言わずしてなんと言おうか。
10個近くあった蕾が一夜のうちに消滅し、花びらには茶色いシミがついているではないか。そうー確かに
シャルル・ド・ミユは咲いた。ただし片側半分だけで・・・。
人は言う。「自然に恵まれた素晴らしい環境ね」と。否定はしない。確かにそうだから。が、自然に恵まれ
た素晴らしい環境だけに、鳥や虫もすんばらしく多く、彼等を養うための植物もまた豊富に存在する。つま
り、植物は、美しい彩りであると共に彼等の栄養源でもあるのだ。
そして、たいへん遺憾ながら、薔薇もまたその例外ではありえないのである。
であるがゆえに、ノーキョーの棚にズラリと並んだ農薬のボトルには、かなり心惹かれるものがある。しか
しながら、食物連鎖による環境への影響等を考えると、農薬を散布するのは、やはりはばかられ・・・。
なぜならば、私に限らず「沈黙の春」を歓迎するがーデナーは少ないだろうからね。と、ここで悲しい結論
に至る。つまり、もはやバラは、私のバラではなく私や虫達のバラと考えるべきなのだ、と。
う〜む。腕組みをして「私、植える人、諸君、食べる、これ、いけないあるね!」となぜか謎の中国人のよ
うにしゃべりたくなってしまう私なのであるよ。
では、「自然に恵まれた素晴らしい環境」の中で、なぜバラを育てるのだろうか?答えは単純だ。「見たい
から」である。私は見たい、マルメゾン宮殿で咲いたバラや、レシュ女史がイラクから持ち帰ったバラを。
私は知りたい、ダマスクとティーローズの香りを。私は作りたい、花びらのジャムやバラの実のリースを。
そうすることによって、私は、自分の庭に居ながらにして世界とつながるのだから。そして、ごく稀にでは
あるが、時空を超え500年前へとワープする事さえもあるのだから。
前置きが長くなった。では、ようこそ、私の庭へ。
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