コドモに作ったモノ

1、スモッキングのワンピース

2、おひなさま

コドモと作ったモノ

            コドモ+手仕事+ワタシ

 自分が、子供を持つとは思ってもみませんでした。主治医に「体質的にあなたは子供を持つのがたいへん難しいだろう。」と言われていたからです。そのために結婚を諦めた事もあります。その人は、いいパパになりそうな人だったからです。残念な事をしました。

さて、持ってはみたものの、目の前の未確認生物とどう接していったらいいのかまるでわかりません。夫は「九州男児」だとかで一切ノータッチですし、父や母、本と兄弟やお友達とに助けてもらっての子育てが始まりました。それでも実際は、孤育に近かったと思います。

コドモが2才になった頃、保育園の未満児クラスへ申し込みをしました。仕事をしたかったからです。書類や衣類を揃え、慣らし保育に参加したのですが、そこで私が感じたのは、一言で言うと「○肉○食」という言葉に象徴される何かでした。いわゆる切磋琢磨される世界です。

滑り台の階段をおぼつかない足取りで登ったコドモが、年長の子から「どけ!」という言葉を浴びせかけられています。滑る方から登って来る子もいて、コドモは、ただただ戸惑うばかり。滑り台の上で「あれ?あれ?」と言いながら私の方を見て立ち尽くしているのです。今でもあの光景は忘れられません。

これには参りました。たまたま私が見に行った日が悪かったのかも知れませんが、あの光景の中へコドモを置いてまですべき仕事なのだろうか?と逆に考えさせられてしまったのです。母に相談すると「親がみていてもちゃんと育つとは限らない。なのに、どうして他人が何人もの面倒を見るところでちゃんと育つの?」と。ギャフンです。

もっとも、子供のタイプにもよります。保育園にちゃんと適応出来る子もいるでしょうし、どうしても預けなければやっていけない台所事情というのもあります。都会でなら適切な受け入れ先を探すという手段もあるでしょうし。

が、私の場合は、自分の欲求が主な理由でしたから、一晩考えて仕事を先延ばしにする事にしたのです。その時の私にとっては、たいへん辛い選択でしたが、正しい選択だったと今でも思っております。

一年待って幼稚園の見学に出掛けた時のことです。滑り台に登るコドモを、幼稚園のおねえさんやおにいさん達が助けてくれるのを見て、つくづく「待って良かった。」と思いましたね。

コドモが幼稚園に入ってからは、お友達も増えて、どこが誰の家かわからないくらいに(笑)行ったり来たりしておりました。今、思えば一番楽しかった時期かもしれません。

この幼稚園で出来た人間関係が、今でも続いておりますので、私にとってもコドモにとっても良い選択だったのでしょう。

とはいえ、仕事を縮小してみたものの、作りたいという欲求は打ち消し難く(笑)、コドモと一緒にモノを作ったりコドモのものを作ったりして過ごしました。ここにあるのは、その頃に作ったモノたちです。

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